腸内細菌叢と脳の関係

「腸内細菌は脳にまで影響を及ぼしている」、にわかには信じがたいことですが、最近の研究によりこのことが明らかになりつつあります。腸と脳は様々な経路でつながっており、腸脳相関(gut-brain axis)と呼ばれています。現在その経路には、①腸管神経系、②迷走神経、③免疫系、④腸内細菌の代謝産物の4つが考えられています。①腸管神経系とは、その名の通り腸管に存在する神経ネットワークのことで、腸管神経系自身や脊椎前神経節、そして中枢神経系からの調節を受けています。②迷走神経は延髄から腹部まで伸びる唯一の神経であり、脳からのシグナルで腸の運動を制御するだけでなく、腸からのシグナルで敗血症に対する抗炎症反応を引き起こすことが知られています[1]。また、腸内細菌叢による行動の変化には迷走神経が必要であることが動物実験から示されています[2]。③腸内細菌が直接影響することから、免疫系も腸内細菌叢の働きを脳へと伝達する経路であると考えられます。中枢神経系の免疫細胞であるマイクログリアは、腸内細菌の代謝物による調節を受けることが知られています[3]。④腸内細菌の代謝物も脳の働きに影響を及ぼすことが示唆されています。腸内細菌の代謝物として有名な短鎖脂肪酸(SCFAs)は神経系の発達や認知機能を向上させること[4]、一方である種のSCFAsは自閉症に関連する神経化学的な変化を引き起こすことなどが動物モデルで示されています[5]。このように、様々な経路を通じて腸と脳は連絡を取り合っていると考えられています。そこで、腸内細菌叢は脳の病気に関係があるのではないかとの疑問が浮かびます。腸内細菌と脳疾患については徐々に注目が集まっており、日々新たな発見が生まれている分野のひとつと言えます。

腸内細菌叢と中枢神経系疾患

腸内細菌叢と中枢神経系の疾患については、多発性硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病などでの研究が行われています。各疾患において増減している菌種が確認されており、動物モデルでは疾患を予防する効果のある菌種も見つかっています。現在のところ腸内細菌をターゲットとした治療は行われていませんが、将来的には腸内細菌に着目した有効かつ安全な治療法の研究開発が進むことが期待されます。

多発性硬化症

多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)とは、中枢神経系の脱髄疾患の一つです。日本には約20000人程度の罹患者がいると言われており、主な症状としては疲労、しびれ、運動機能障害、めまい、視力低下、排泄障害、うつなどが挙げられます。また、症状の悪化と安定が交互に起こる再発寛解型と、寛解せずに病状が進行していく進行型があることが知られています。MSの原因には諸説あり未だ原因は不明ですが、遺伝要因と環境要因の両方が考えられています[6]

MSの患者さんでは、いくつかの細菌の割合の増減が報告されています。Faecalibacteriumなど抗炎症作用のある酪酸を産生するいくつかの菌や、BacteroidesPrevotellaなどの菌が減少しています[7],[8],[9]。一方で、メタン菌として知られるMethanobrevibacterは増加しています[10],[11]。他にもさまざまな腸内細菌の増減が報告されており、これらの菌の増減が疾患にどのような影響を及ぼしているのか、現在精力的に研究が行われています。

パーキンソン病

パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)は世界で二番目に多い神経変性疾患です。日本では約15万人の患者がいると言われており、主な症状としては振戦、動作緩慢、筋固縮、姿勢保持障害などが挙げられます。PDの原因として、αシヌクレインの凝集による中脳黒質のドーパミン作動性神経細胞の減少が考えられています。しかし、パーキンソン病には便秘などの非運動症状もあることから、これだけでは疾患を完全に説明することができず、環境要因についても考えられています[12]

他の中枢神経系にはない特徴として、PDの患者さんではLactobacillusの増加が見られます[13],[14],[15]Lactobacillusは便秘型の過敏性腸症候群で増加し、下痢型の過敏性腸症候群では減少していることから[16]、PDにおけるLactobacillusの増加と非運動症状で見られる便秘との関係が示唆されます。他にもFirmicutesActinobacteriaBacteroidetesなど様々な菌の増減が報告されていますが、中には矛盾した報告もあり[12]、菌叢解析技術の標準化がされていないことが原因のひとつかもしれません。

アルツハイマー病

アルツハイマー病(Alzheimer’s disease: AD)は進行性の神経変性疾患であり、認知症の原因として最も多い疾患です。日本では300万人程度の患者がいると言われており、高齢化に伴い患者数は年々増加すると考えられています。ADの原因は未だに明らかになっていませんが、アミロイドβ(Aβ)の蓄積やタウタンパク質の凝集、コリン作動性神経細胞の障害、酸化ストレスなど様々な仮説が提唱されています[17]。また近年では軽度認知障害(mild cognitive impairment: MCI)に注目が集まっています。MCIとは、認知症における物忘れのような症状はあるものの、症状は軽く日常生活に支障が出ていない状態のことを指します。日本では約400万人の患者がいると言われていますが、その中でADの患者がどれだけいるのかについては分かっていません。ADにおけるMCIとはAD型認知症になる一歩手前のことですが、AD型認知症の患者さんと同様にAβの蓄積が見られることが知られています。

ADの原因の新たな仮説に腸内細菌叢との関連があります。ADの患者さんでは、腸内細菌の豊富さや多様性が失われています。個別の菌に着目すると、FirmicutesBifidobacteriumの減少や、Bacteroidetesの増加が特徴的です[18]。また、ADの患者さんの脳内には真菌やPropionibacterium acnesが多く存在していることや[19],[20]、細菌の細胞壁構成成分であるリポ多糖(LPS)が確認されることから[21]、微生物感染がAD発症に何らかの影響を及ぼしていることが示唆されます。ADと腸内細菌叢、脳内の微生物感染についての研究はまだ始まったばかりであり、今後さらなる研究が期待される分野だと言えます。


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